マーケティングオンラインスクールMates(メイツ)
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ああ、どうすればいいんだ。

僕は帰宅ラッシュの電車で頭を抱えた。昼間、課長に言われた言葉が頭の中を何度も駆け巡る。

「阿部君、ちょっといいかな」

そう言われて会社の一番小さな会議室に呼び出されたのは、昼食が終わってすぐだった。

僕が呼び出される理由なんて、担当案件を出来る限り早く仕上げろという催促か、面倒な依頼を押し付けられるかくらいだ。

僕は重い腰を上げて、会議室へ向かった。

扉を開けると、課長の隣に部長がいた。一気に緊張が高まる。

僕、何かしたかな?

慌てて記憶を掘り起こしてみるが、心当たりはない。

「まぁ、座って」

僕が扉の前で突っ立っているのを見かねて、課長が自分の向かいの席を指した。

僕は恐る恐る椅子を引き、浅めに座った。自然と腹に力が入る。

僕が勤めるのは創業50年を超える地方の小さな会社だ。服飾雑貨を主に扱っており、日本や海外から仕入れた商品を中・大型商業施設に卸すのが主な仕事である。

数年前から業績が低迷しており、打開策として去年、自社でECサイトを立ち上げたばかりだ。

「実は、阿部君にWebマーケティングを任せたいと思っていてね」

部長が前置きもなく言った。

え?今、何て?

「去年立ち上げたECサイトだが、外注してサイトを作ったのは良いが、そのまま放置されていてね。運営に詳しい人がいないから、どうすればいいか分からない状態だ」

ECサイトの状況は、社内の誰もが知っている。

若者に人気のある韓国ファッションやコスメを集めて販売に舵を切ったが、売上は予想の半分以下。その理由は、サイト運営に手が回っておらず、ただ商品を仕入れて売るだけになっているからだ。

小さい会社のためほとんどの社員が業務を兼任しており、複数いる運営担当者もECやWebマーケティングに詳しいわけではない。僕だって、Webマーケティングという言葉を聞いたことがある程度で、ほとんど素人だ。

それで、どうして僕?

「阿部君は若いし、ツイッターやインスタグラムもやっているだろう?今はSNSが販売でも大事らしい。Webマーケティングの担当は、普段からSNSに馴染んでいる人がいいかと思ってね」

つまり、SNSをやっている若手社員で手が空いてそうだったから、僕を選んだってこと?

笑顔の部長と、同情の視線を投げかけつつも口を開こうとしない課長。

駄目だ。ここで僕を助けられるのは、僕しかいない。

はっきり断ろうと強く腹に力を入れたが、出てきた言葉は「あの…」の一言。その後は言葉が続かず、部長に押し切られた。

「まーた、面倒事を押し付けられたの?」

麻衣が呆れ顔で、空になったグラスに缶ビールを注いでくれた。

僕と麻衣は付き合い始めて2年になる。大学が同じで、3年前の同窓会で再会した。大学ではサークルも同じだったが、その時に話した記憶はあまりない。

美人で社交的な麻衣はいつも輪の中心にいたが、地味な僕は端っこで気の合う友人とばかり話していた。どうして僕らが付き合っているのか、僕自身にも未だに謎だ。

麻衣はグラスをテーブルの上に置いて、自分のスマホ画面を僕に向けた。

「サークルのOGに毛利さんっているでしょ?その人が、Webマーケティングのオンラインスクールを始めたらしいよ」

毛利さんが誰かは分からないが、「Webマーケティング」という言葉に惹かれ画面を見た。

画面の一番上には『コミュニティ学習型 オンラインスクール Mates』と書かれている。そのすぐ横に『SNS・メディアに特化』の文字。『女性目線による女性マーケティングが学べる』点が、大きな特徴らしい。

読み進めていくと、「これ僕の会社のことじゃないか?」と思える悩みの例がいくつか載せられていた。

「月額制で一からWebマーケティングの事が学べるらしいよ。毛利さんに連絡してみようか?」

僕は迷った。月額制とは言え、学ぶのにはお金がかかる。会社のお金で学ぶのなら、上司に許可を貰わないといけない。

正直、ちょっと面倒だ。

僕はチラッと麻衣の顔を見た。幸せそうにビールを飲む姿。会社からそのまま僕の家に来たから、化粧は少し崩れているが、すごく可愛い。

麻衣と結婚できたら幸せだな、と思ったことは何度もある。でも、なかなか言い出せなかったのは、自分に自信がなかったからだ。

断られたら、どうしよう?

そもそも、真面目ぐらいしか取り柄のない僕が、麻衣にプロポーズなんてしていいのか?

そんな思いが、いつも僕を押しとどめた。

このままだと、いつまでたっても僕は麻衣と結婚できないだろう。もしかしたら、今回はチャンスかもしれない。この仕事が上手く行けば、自分に自信が持てるかも。

僕は一呼吸して、言った。

「…うん、お願いするよ」

会社の許可は、あっさり下りた。難しいかもしれないと思っていたのは、勝手な思い込みだったようで、部長は「頑張れよ」と応援してくれた。

僕が申し込んだのは、3つあるコースのうち「基本講座」という初級レベルのもので、約3ヵ月かけてSNSやWebメディアを使ったマーケティングを学んでいく。

オンラインスクールの初日。僕は緊張しながら、自分のデスクで講座が始まるのを待っていた。

プライベート用のSNSアカウントは見る専門。Webマーケティングは名前しか聞いたことがない。本当に、こんな自分でついて行けるのか?

不安が頭をもたげる。やってみなきゃ分からないと頭では理解できるが、それでもやっぱり不安だ。

「頑張って」と肩を叩いてくれた麻衣の笑顔を思い出し、自分を励ます。

そうこうしているうちに、コンピューターの画面が切り替わり、僕を入れて5人の顔が映った。

「初めまして、講師の毛利です」

画面の一番左端に映った女性が話し始める。明るくしっかりした印象で、麻衣と少し似ているなと思った。

講座には男性も女性もいて、年齢は20代前半〜40代後半。職種もバラバラなので、ちょっとした異業種交流会のようだ。

それぞれの自己紹介の後、早速、授業が始まった。

授業は話を聞いてメモを取ることがメインだが、質問もできる。少人数だからかみんな気軽に聞いていて、驚いた。

多分、毛利さんの人柄も、質問しやすい雰囲気を後押ししていたのだと思う。

僕の緊張はいつの間にか解けていた。

講座後には毎回、ホームワークが出される。僕は仕事と並行しながら、自社のSNSアカウントを作り、投稿を始めた。添削があるので、講師に相談できるのも良かった。

何より助かったのは、他の講座生と交流することで、「一人じゃない」と思えたことだ。

講師に質問する程ではないが、ちょっと迷うというところは、講座生のみが閲覧できるサイト内の掲示板に書き込んだ。

それらを通して、「自分が進んでいる」「自分でもできる」という感覚が持てた。

スクールに入会して1ヵ月が経った頃。僕は仕入れ担当者からもらった商品資料をもとに、インスタグラム用の投稿の準備をしていた。

競合のECサイトのアカウントを参考にしながら、見よう見まねで作っているので、とても時間がかかる。もう少し効率的にするにはどうしたらいいか考えていたとき、課長に声を掛けられた。

「阿部君、ちょっといいかな?この案件なんだが…」

課長が手にした資料をもとに、話を進める。僕は急いでメモを取った。

「では、明日の昼までに資料を作り直します」

「ああ、よろしく頼むよ。ECサイトの件だが、あまり無理しなくていいから。他の仕事に支障が出ても困るからね」

「部長には俺から上手く言っとくから」と言い置いて、課長は自分のデスクに帰って行った。

Webマーケティングの勉強はほどほどに、ということだろうか。僕は釈然としない気持ちで、課長の背中を見送った。

すぐに仕事へ戻る気になれず、そのまま休憩室へ向かう。中から同僚の声がして、「阿部さん」という言葉が耳に入った。ドキッとして入口で立ち止まる。

話の内容は、僕が部長に気に入られるためWebマーケティング担当になり、僕がやるはずだった仕事が自分たちに回ってきて大変だ、というものだった。

僕はショックを受け、その場を足早に立ち去った。

会社からの帰り道。いつも通り人でごった返した電車に揺られながら、僕は今日、課長に言われた言葉と休憩室での出来事を思い出していた。

課長や同僚の意見も分かる。Webマーケティング以外の仕事も大切だ。でも、講座を受講したことで、Webマーケティングがどれだけ会社に必要なものかを理解した。それなのに、あの場で言い返せなかった自分に腹が立った。

翌日から、僕は今まで以上にガムシャラにWebマーケティングに打ち込んだ。他の仕事もあるため残業続きになったが、周りからとやかく言われたくないという一心で頑張った。

スクールに入会して2ヵ月以上が経った頃。僕は疲れた身体を引きずるようにして、近くの公園に来ていた。

日曜日の公園は家族連れで賑わっている。僕は空いているベンチを探して、そこに腰かけた。今日はここで、麻衣と待ち合わせの約束をしている。でも、今日は正直、誰とも会いたくない気分だ。

講座で学んだWebマーケティングの知識をもとに、自分なりに色々試してみたが、思った以上の結果は出ていない。

会社からお金を出してもらって学んでいるのに、結果が出なければ意味がないじゃないか。

僕は頭を抱えた。このままでいいのか、自分の行動は正しかったのか、と疑問が頭を埋め尽くしていく。課長や同僚の言葉が、ついさっき言われたかのように耳から離れない。

「亮ちゃん」

声を掛けられ、驚いて顔を上げると、すぐ目の前に麻衣が立っていた。普段スカートが多い彼女には珍しく、今日はデニムパンツを履いている。いつもとは違う姿に、心臓が大きく鳴った。

麻衣が僕の隣に座る。僕は「おはよう」と言いかけて、止まった。

麻衣の様子がおかしい。服装がいつもと違うからではなく、何となく雰囲気が暗いのだ。問いただしてみると、仕事の人間関係に悩んでいると教えてくれた。麻衣は最近、会社で昇進したばかりだ。

「私が必要だと思ってしたことが、一部の部下には重荷だったみたい。今から止めることもできるけど、どうしても、それが正しいとは思えなくて」

麻衣は膝の上で組んだ手を見つめて言った。伏し目がちになった横顔に、心臓が掴まれたような気持ちになる。

麻衣の悲しい顔は、見たくない。

「…必要だと思うならすればいい、と思う。麻衣がそう考えるのは、理由があるはずだから」

僕は必死に言葉を探した。

「その理由をちゃんと伝えて、やり方を工夫すれば、納得してくれる人も増えるかもしれない」

言いながら、僕は自分の言葉に驚いていた。

目の前にいる麻衣も驚いた表情だ。

「変わったね」

麻衣に言われ、僕は大きく頷いた。

「必要だと思うならすればいい」と心の中でもう一度言ってみる。体の体温が、少し上がるのを感じた。

最終講座の日まで、掲示板で質問しながら、僕は学んだことを片っ端から実践した。最近になって、少しずつSNSの反応が出始めている。

SNSやメディアを育てるには、ある程度の時間が必要だ。今後の売り上げに貢献するためにも、SNS運用は続けたい。

僕が受講している「基本講座」の次のステップとして、「運用講座」がある。「運用講座」ではSNSの具体的な活用法のほか、ライティングや写真撮影の方法まで学べるらしい。講座を受けなくても、コミュニティ会員として存続すれば掲示板は利用できる。

「Webマーケティングのスクールで次の講座を受けたいのですが、検討して頂けませんか?」

目の前に座る課長は、案の定、困った顔をしている。

「ご存知のように、Webマーケティングは、ネットで商品を販売していく上で必要不可欠です。外注するという手もありますが、継続的にお金がかかります」

僕は言葉を選んで、「冷静に、慎重に」と心の中で唱えながら訴えた。

「何より、僕はもう少しWebマーケティングの勉強をしたいと考えています」

課長は少し驚いた表情をして、口元に手を当てた。

「阿部君、変わったね。今まで自分から何かをやりたい、と言ったことはなかった君が」

課長の言葉は続いた。

「部長に話してみるよ」

僕は課長に頭を下げて、自分のデスクに戻った。飛び上がりたい気持ちを必死に抑えて椅子に座り、周りに見えないよう小さくガッツポーズをする。

課長が言っていたように、少し前の自分なら、積極的に自分の意見を上司に伝えることはしなかっただろう。自分に自信がなかった僕は、意見を否定されるのが怖かった。

そんな僕が変わったのは、間違いなくスクールでWebマーケティングを学んだからだ。学ぶことで自分に自信がつき、Webマーケティングを何も知らない素人から、会社のWeb担当者と周囲に言えるまでになった。

次の目標も見えてきた。まずは、ECサイトへの来店者数を増やすこと。売り上げを伸ばすためにはまず、自社サイトの存在を多くの人に知ってもらわなければならない。

プライベートでは、近く麻衣にプロポーズすることに決めた。今から心臓がバクバクしているが、僕が麻衣を必要な理由をちゃんと伝えたいと思う。

作家さんのご紹介

未来ストーリーを最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
この素敵な物語を生み出してくださったのは、未来ストーリー作家の蒼樹 唯恭さんです。

  • 未来ストーリーのことが気になる!
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  • 蒼樹 唯恭さんて、どんな人?

気になる方は、是非こちらからご覧くださいね。

蒼樹 唯恭さん

Instagram: @aoki_ichika
ブログ: https://ameblo.jp/rinakasugai


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